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  • 加藤智大の名言

    テロは最高の自己表現だと氣づきました。

    そしてこの私、人生で最も尊敬してる人で加藤智大さんという人がいるんです。

    それでは胸に刺さる彼の犯行前の書き込みを紹介していきたいと思います。

    追記:友人関係や顔に恵まれて人生楽して生きてる人間が少しでも謙虚になれるための教育プログラムです〜

    ①ネットで出会いは気持ち悪いのだそうです。
    私の全てを否定されている気分です。

    1つ目はこれですね。

    詳しいことを話すと??に見られた時に面倒なので解説は省きます。

    はい、次へ。

    ②-1私が勝手に友達だと思っている人は居ますけれど、相手が私をどう思っているかは分かりません。
    向こうから何かに誘ってこないということは、
    私はただの鬱陶しい不細工なのでしょうね。

    ②-2俺にとってたった一人の大事な友達でも、
    相手にとっては100番目のどうでもいい友達なんだろうね。
    その意識のズレは不幸な結末になるだけ。

    2つ目は2つになります。

    こちらはかなり皆さんでも共感できる内容ではないでしょうか?

    私みたいな誰からも求められてない負け犬は、誰かの100人いる代わりが存在する話し相手のうちの1人で、私じゃなくても成り立つような、、そんな関係です。

    私なんていなくても、私が勝手に死のうが、誰も悲しむこともないでしょうし、そしてそれを誰かがどこかで酒の肴にでもして笑うのでしょう。

    でも、もう私はそういうのにいちいち反抗しようとかも思わなくなりましたね。

    ③人と関わりすぎると怨恨で56すし、
    孤独だと無差別に56すし…
    難しいね。

    3つ目はこちらになります!

    これ私の話なんですけど、結局私がこうなった一番最初のキッカケは親からの暴力や暴言なんですよね。

    家族からも愛されず、何度も公園のベンチにシートを敷いて夜を過ごしました。

    家族と居ても酷いことばかり言われて、そしてリビングでご飯を食べるのが嫌で、最後はガリガリに痩せ細りました。(児童養護施設で1日3食食べて今は太ったが🐷)

    親の愛情を受けずに育ったからこうなったわけですが、仮にじゃあ今更だけど親からめちゃくちゃ話しかけられても、それはそれで気持ち悪いじゃないですか。

    やっぱり私、人と関わるのが本当に苦手なのだと思います…

    家族内に限らず孤独を常に感じるくせに、人と関わると本当に疲れて死にたくなります。

    ④プレゼントね。
    大事な友達にお礼がしたくて、
    でもお金が無くて、マフラーを編んでみたことがある。結局、来るなって言われて渡せなかったけど。
    一人でバカみたい。ほどいて捨てた。
    二度と編み物なんかしないし。

    4つ目はこちらになります。

    見ていて本当に心が辛くなりました。

    一方通行の気持ち、認識のズレは不幸を生むだけでしたね。人と関わることが更に億劫になります。

    ⑤どうせすぐに裏切られる。 嫌われるよりなら他人のままがいい。

    これが最後になります。私の中でこれが一番好きな言葉です。

    人間の友情や愛情なんて一瞬で壊れますし、大して大事なものでもないし、本当にくだらないものです。

    ですがそんなくだらないものでも、切れた時にはそれなりの感情が出ますし、そんなものに勝手に一喜一憂させられてしまう。

    長年こんな経験をしたら学習しないはずがありません。例外の友人や恋人なんて存在しないです。

    全ての関係には終わりが存在し、終わりで涙を流すくらいなら最初から関係を持たなければ良いと、、

    これが私の破壊によって全てを無にすることが人類救済の近道という思想に直結します。

    もう書くことがなくなったので終わりにします。

    私は彼ほど度胸がないので、テキトーにどこかで誰にも知られないまま孤独死です。

    それまでにここのブログでいっぱい遺書を書いていこう。

  • 努力?ふっ、くだらねぇ笑

    努力なんてギャンブルだよ。
    頑張り×環境=結果
    環境が0なら頑張りが1億あろうが結果は0。

    それと大学受験させてもらってる親に恵まれた運ガキばかりで本当に苦しい。
    彼らは環境があってその上で頑張ったからそれなりの結果が出てるわけ。
    私みたいに施設にでも預けられて捨てられてみろって思いますよ。

    私みたいな人を、彼らはよく努力から逃げた怠け者みたいなレッテルを貼りますよね。彼らはどれだけ自分の生き方や努力に自信があるのか知りませんが、謙虚さが無いなあと思います。

    努力で変われるものなんてひとつもないです。

    変われるとしたら、報われなかった時の絶望や喪失感で、私のように、消極的ニヒリズムと既存のシステムに対しての破壊衝動に飲み込まれるだけですがね。

    人類救済の近道は全てを破壊すること!!

  • 全員タヒ^|\_ねば良い話

    あああああああ死ね死ね死ね死ね

    今日もイライラと絶望が収まりません。

    カス蚊べ狂縈高校を退学させられ、実家を追い出され、実母から殴り合いの喧嘩で刑事告訴をされ、1年以上の保護観察措置を受け、今はバイト先すらも見つかりません。

    実は住民票に記載された住所と実際に今私が寝泊まりしてる場所が違うと、企業側も雇えないらしくて面接で落ちてしまったんですよね。

    実家に帰ろうにも帰ったら母親に即通報されるし、鍵も取り上げられて入る手段もないしで完全に詰んでます…

    それに私、大学受験も諦めたんですよ。

    もうやる気が無くなっちゃいましてね〜、

    ちょっとまだ納得行ってないから色々書くんですけど、私の父親って額面だけでも月に80万円近くは貰ってるはずなんです。

    家賃やその他生活にかかるお金もそんなに逼迫していないはずです。それなのに春日部?栄高校に在学していた頃の月の学費5万円にすら相当苦しんでいると父親は言っているんですよ。

    そんな話があると思いますかね?

    私が駿台予備校に通いたいと言い出した時も、お前は受験なんかしなくて良いだなんて言って、予備校のお金も払おうともしなかったので祖父母が年金から捻出して通う事ができました。

    それなのに父親は払ってくれた祖父母にブチギレるという意味不明な行動に…

    昔はあんなに学歴に対して口煩く、私に阪大や慶應に行けだの行ってきた父親が急に「学歴なんか要らない」と言って、私にかける教育資金を減らし始めたのです。

    昔はそれなりに学ぶ意欲があったので払って欲しいと何度もお願いをしましたが、完全に話を聞いてくれません。

    挙げ句の果てには私が重度のうつ病で高校から退学するまで停学させられた時にも「金が勿体無い」と責め立てて、毎日部屋に入って暴言を吐いてくるようになりました。

    もう私は大学受験する気も無くなりました。

    昔は父に認められたいと言う思いで始め、父がいじめっ子には勉強で勝てと言われ更にやる気を増して挑んだ受験、全て無駄でしたね(^^;;

    別に私は大学で学びたいことも特になかったのでもう心残りはありません。

    そもそも数年以内に絶対死ぬと決めた中で大学に行くなんて、死にたいのか生きたいのかハッキリしていないじゃないですか。

    もし元カノや元カノの親がこの投稿を見たら、あまりの嬉しさにロケット花火でも打ち上げるんじゃないですかね〜

    こうやって私が落ちぶれることで、私を絶望の底に突き落とした連中が喜ぶことは癪に障りますが、もう仕方のないことなんです。

    私をいじめて不登校にさせ、欠席日数で川㊙️東高校や武㊙️高校の確約が取れなくさせた人たちも責任なんて取ってくれないのです。

    どれだけ周りに地獄に落とされようが、這い上がるのは全て自分の力でなければなりません。

    なら、最初から地獄にいて、這い上がる努力なんてしなきゃいいのではないでしょうか。

    人間、何かを持つ者は何かを奪われることが決まってます。

    それなら最初から何も持たずにいれば良いのですよ。

  • 学歴的エクスタシーオーバードーズ

    私は小学校時代、仲間外れを超えて殴る蹴る等の暴行を日常的に受けていた。家庭もまた安息の地ではなく、両親の不和や母親からの暴力に晒されていたため、学校にも家庭にも居場所がなかった。幼き頃の私は嫌がらせを受ければやり返す性格だった。しかし、子供の世界において正しさは力の前では無力である。やり返すほど相手は面白がり、煉瓦の花壇に頭を叩きつけられたり、コンクリートの壁に頭を打ちつけられたりした。

    私の通っていた小学校からはA中学とB中学へ生徒が半々に進学したが、私はA中学へ進学した。しかし状況は何一つ改善しなかった。人間関係は上手くいかず、仮病を理由に学校を休むことが増えた。その様子を面白がった同級生たちは、休日に外を歩いている私を六人で自転車に乗って三十分ほど追い回した。また、久しぶりに教室へ入ると「レアキャラが来た」と叫ばれ、その異様な空気に耐えられなくなった私は教室を飛び出した。これらの出来事は強いトラウマとなり、私はA中学へ通えなくなった。

    半年ほど引きこもった後、親の勧めでフリースクールへ通うことになった。しかしそこもまた私の居場所にはならなかった。スマートフォンの持ち込みが許可されていたため使用していたところ、他の生徒に勝手にスマートフォンを見られ、当時利用していたSNSのアカウントを発見されて周囲に言いふらされた。私は恥ずかしくて止めるよう頼んだが、「複垢をたくさん使ってコメント欄に本名を書く」と脅された。フリースクール側に相談しても、「新入りだからそっちが辞めたら」と言われ、私は退所した。

    その後三ヶ月ほど引きこもったが、当時知り合ったネット上の友人に勉強を教わったことが転機となった。私はもう一度人生をやり直そうと決意し、公立中学へ転校した。B中学では最初こそ友人もでき、人間関係は比較的順調だった。祖父母の支援もあり塾へ通い始め、成績は着実に向上した。私は強い信念を持っていた。絶対に勉強で成功し、公立中学の有象無象を摩天楼から見下ろして贅沢に暮らすのだ、と。努力から逃げ、他人を蹴落とすことにしか興味のない低学歴とは決別したい。その一心で紙の上をペンで走り続けた。

    しかし中学三年時のクラス替えで、小学校時代から私をいじめていた人物と再び同じクラスになった。当初は小さな嫌がらせに過ぎなかったが、次第にクラス全体を巻き込むいじめへと発展した。持ち物を隠され、暴力を振るわれ、教室で血を吐き、菌扱いされ、ゴミを食べさせられ、持ち物をキャッチボールに使われた末にゴミ箱へ捨てられた。それでも私は勉強だけは諦めなかった。塾内一位の土俵に立ち、県内私立御三家を目指せる学力を獲得した。どれほど理不尽な扱いを受けても、脳内では「所詮低学歴の哀れな叫び」と考えることで自分を保っていた。

    私は偏差値70の男子校を志望した。しかし欠席日数の多さから受験資格を得ることができなかった。努力で覆せない現実がそこにはあった。結局、自称進学校へ志望校を変更し、高校数学の予習を始めた。入試直前にはクラスメイトからの暴力で腰を負傷したが、無事合格し、そのまま卒業式まで休学した。休んでいる間も高校数学を学び続けた。

    私が入学したのは、難関大学への進学実績を誇るものの、実態としては典型的な自称進学校だった。塾なしで公立トップ校(浦和,春日部,川越)へ合格した友人への劣等感、父や祖父母が私へ投じた時間と100万を超える巨額な費用への負い目、自らの無力感、そうした感情が入り混じる中で受けた最初の定期試験の結果は意外にも良好だった。そして私はそこで進学したい大学を決めた。

    それは人間関係に苦しむ私に勉強が唯一逆転のチャンスだと教えた父が私の幼い頃から行かせたいと言っていた旧帝国立大学の一角の大阪大学である。絶対に大阪大学へ合格する。その日から私は寝る間も惜しんで机へ向かった。

    成績はうなぎ登りだった。次々と自分の下へ落ちていく同級生を見て、私は快感を覚えていた。私の努力の原動力は、他人を学力・学歴で見下すことによって得られる「学歴的エクスタシー」だった。

    しかし、この価値観は極めて危険だった。成績が伸びている間は幸福だったが、少しでも停滞すると、自らの存在価値そのものが崩壊するような苦痛に襲われた。他人を蹴落とすことへの快感を追い求める時間が長くなるほど精神的負荷は指数関数的に増大し、私は日常生活に支障をきたすほどの重度の抑うつ状態へ陥った。

    常に休む時間がないことは、常に居場所のない私にとって死活問題だった。勉強を止めれば自分には何も残らない気がした。学校にも家庭にも人間関係にも安息の地はなく、唯一信じた学歴すら次第に私を蝕み始めた。そして自分の心を切り替えることのできない性格も災いし、高校へ入学した後、私は一人の友人も作ることができなかった。

    学校でも居場所はなかった。家庭でも居場所はなかった。どこに行っても1人だった。

    そんな中でも転機があった。

    私に彼女ができた。

    その彼女は家庭の問題や精神的苦痛を頻繁に訴えていた。私はそれらを真剣に受け止め、少しでも力になろうとした。プレゼントを贈り、相談に乗り、自分にできることを探し続けた。しかし次第に問題は複雑化し、彼女本人だけでなく家族との対立へと発展していった。

    彼女の親からは私の両親が耳を疑うほどの非常識な言葉を投げかけられ、当時の私は八方塞がりだった。

    最終的に両家で話し合いの場まで設けられたが、議論は平行線を辿った。私は相手方から私のうつ病やパニック障害を理由に侮辱される場面もあり、疲弊していった。

    元々は私に助けを求めて泣きついてきた彼女であったが、その絶望的な意志の弱さ故、助けようとしてる私を見捨て、揉めているはずの親の元に着いた。彼女が振り撒いた種でこんなにも自分は苦しんでいるのに、女という性別には責任感のセの字もないので、私だけ悪者扱いをされ、彼女一家の笑い話のネタにされている。

    そして交際関係は断続的な別離と復縁のような状態となり、混乱は続いた。私はこの問題以外の多くの問題を抱えており、精神的に限界を迎え、日常生活に大きな支障をきたすようになった。最終的には、自ら絶縁しようと言った。(そもそも元カノ家族の間で虐待なんて無かった)

    だが、問題はそれで終わらなかった。

    家庭の状況は悪化し続けた。高校生活も上手くいかず、家では連日の口論が続いた。親から学費の支払いを拒否されるようになり、学校側との関係も悪化した。

    私は追い詰められていた。

    自殺未遂、家出、自傷行為などが続き、私の通っていた高校は遂に私を登校禁止にして、自主退学を待つような形で追い出しを図った。

    争う気も失せてなくなく自主退学の道を選び、それからはタバコと酒と自傷行為に明け暮れた。

    ある日、長年積み重なっていた感情が限界に達した。決め手は長年続いた母親からの暴言や夫婦仲の悪さから来る八つ当たりだった。

    私のプライドを踏み躙るような数々の暴言に私の心は崩壊寸前となり、母親との激しい口論になった。感情的な衝突は物理的な争いへ発展し、その結果、毎度お馴染みの警察が介入する事態となった。

    母親は昔から私のことを酷く憎んでおり、母親は私を家から追い出したくて仕方がなかった。

    今回はその良い機会だったのでしょう。私は呆気なく被害届を出されて家から追い出されました。

    私は警察署で十日間を過ごした後、鑑別所へ送致された。

    親は断固として私の引き取りを拒否した。

    この事実は、今でも人生の中で最も重い記憶の一つである。

    裁判所も私の境遇を祖父母から聞いた時には私への同情で溢れ、母の願いである私の少年院への送致は免れ、児童養護施設で保護されることになった。数ヶ月の保護観察と試験観察を経て祖父母の元へ移ることになったが、その頃には母方の親族との関係は事実上断絶していた。

    母と母方の親族は、私を捨てたのだ。

    しかし、それでも私は母を完全には嫌いになれない。

    幼い頃、家族で出かけた車の中で流れていた洋楽を聞くと、今でも涙が出ることがある。あの頃は何も知らなかった。

    昔の方が幸せだったのではない。

    ただ、何も知らなかっただけなのだ。

    それでも時々、あの頃の記憶を思い出してしまう。人は失った居場所を、完全には忘れられないのだと思う。

    そしてあれから私を捨てた母親からの1通の手紙が届いた。

    それは誰かに無理矢理書かされたであろう、偽善の塊そのものであり、私に対しての侮辱のようにも感じることができた。

    母親は過去に飼っていたペットのトイプードルも虐待して、最後は捨てて父方の祖父母に押し付けた。

    私も結局母親が捨てた結果祖父母の家に流れ着くこととなった。母親や母方の親族は反省どころか私を侮辱するような発言を裏で何度も言っており、彼らの存在こそが私の16年の地獄の元凶である。

    結局誰かを信じることも、誰かに勝つために努力することも、新しい学びを得るために誰かと交流することも、私に取っては全てが害であり、それからの私は人と関わることを避けて生活するようになった。

    周りの奴らが当たり前のように過ごしている青春は私にとっては当たり前じゃない。

    人と関わるたびに、身寄りや所属先のない自分が恥ずかしく思えてくる。

    全く見なくなったが、たまに友人経由で届く元カノの私に対する悪口を含んだ投稿に書かれていた「貴方と違って私は充実している。ネットでしか人と関われないなんて気持ち悪い。」そんな書き込みを思い出すたびに、私の存在全てが否定されたような気がする。

    またこの話に関する加藤智大さんの有名な書き込みがあります。

    『ネットで出会いは気持ち悪いのだそうです。
    私の全てを否定されている気分です。』

    同感ですね。あの投稿を書き込む元カノさんにとっては学校に友人がいて、憎い元彼(私)を一緒に罵ってくれる家族がいて、それらが当たり前に感じているのでしょう。

    今頃あの人達は私が高校から追い出され、私が母に復讐して捕まり、私が実家を追い出されて住所不定になって失敗を繰り返しているのを酒の肴にでもしているのではないかと思います。

    『…別にね、このホームページを見てる人に同情してほしいわけではないんですよ。
    じゃあどうして欲しいのかと言えば、謙虚さを学んでほしいですよ。謙虚さというのは、自分が恵まれたことに気が付いて、その事に感謝出来るかどうかなんですよ。
    そして俺はね、環境にも才能にも恵まれなかった日本国民なんです。
    だからね、大抵の日本国民は俺よりも恵まれているんですね。でも、みんな俺みたいな人間に説教したがるじゃん。
    俺はね、そういうやつに言いたいんだよ。
    「お前はただ、環境や才能に恵まれただけなんだよ。だからそれに感謝して慎ましく生きてろよ。」とね。…はい。そういうことです。』

    これは2016年に自分で首を吊って亡くなられた前田仁さんの言葉です。

    私はルサンチマン的な考えがものすごく嫌いだった人間でしたが、今になってはこの文章に賛同せざるを得ません。

    結局今成功して誰かを傷つけて幸せに暮らす人間は、努力で成り上がったわけでもなく、その人を取り巻く環境の運が良かっただけなのです。

    それをあたかも自分の力だと勘違いし、周りに自分の力を誇示し、死にかけの虫を踏み潰すような残虐な行いをしている人たちが到底私は許すことができません。

    まあそんなの努力してから言えだの言う奴が出てきそうですが、こんな記事を書いてる私だって昔はそれなりに勉強していてそこそこの成績を収めていたことだけは書いておきましょう。プライドが強いので😅

    私はこのブログは、私が自殺とかした時に自分がどんなことを考えて死んだのか分かりやすく誰かが見れるような形で残しておきたいという思いで書いております。

    つまりは遺書ですね。私が死んだ時にここの記事に載った人間の責任が追及されることを心よりお待ちしております。

    私は数年以内に自分の命を絶つつもりでいます。脅しじゃありません。一生恨み続けます。(すぐ終わる)

    こんな恨みばかりの文を読んでくださりありがとうございます。

    さようなら〜

  • 猟奇的殺人事件から学びを得よう

    どうも、renarena.netの管理人のRenaと申します。

    今回は世間を震撼させた数々の猟奇的殺人事件から学びを得ようという試みです。

    皆さんは秋葉原通り魔事件、附属池田小事件、京都アニメーション放火殺人事件、西鉄バスジャック事件、小田急ジョーカー事件、この中で何個かは聞きなじみのある事件があると思いますが、これらに共通するあるものをご存知でしょうか?

    答えは「自分の人生の不遇を社会のシステムと他者の犠牲によって精算しようとする」といった点にあります。

    彼らの犯行前の様子が新聞などで語られている場面を多く見ますが、何故彼らはこのような事件を起こすまでに追い詰められたのでしょうか?

    一言で言えば、「社会との接続が断たれ、自尊心が完全に崩壊した状態で、その苦痛の出口を『破壊』以外に見つけられなくなったから」と言えます。

    専門的な分析や司法記録で見られる「追い詰められる過程」には、いくつかの構造的な要因が複雑に絡み合っています。

    1. 「自己責任論」による精神的追いつめ
      現代社会では、何らかの困難(貧困、失業、病気など)に直面した際、それを「努力不足」や「自己の責任」として内面化させる圧力が強く働きます。

    加害者たちの多くは、現実社会で適応できず失敗を繰り返す中で、周囲からの理解を得られず、「自分には価値がない」「自分は社会のお荷物だ」という強烈な自己否定に支配されます。
    この自己否定が長期間続くと、「自分を傷つける世界そのものが悪い」という認知の歪み(被害者意識の肥大化)へと反転し、自分を守るための防衛反応として「攻撃」を選択するようになります。

    1. 「帰属意識」の喪失とコミュニティの不在
      人間は、職場、家族、趣味の集まりなど、複数のコミュニティに所属することで精神的な安定を保ちます。しかし、事件を起こした人々の多くは、これらの接続先を一つずつ失い、最終的に孤立無援の状態にありました。

    「居場所」の消滅: 社会に必要とされているという実感が持てないと、人は社会的な規範を守る意義を見失います。

    「帰属意識」の喪失によって生じる「孤立による妄想の加速」
    相談相手が誰もおらず、自分の考えを修正・客観視してくれる他者がいない環境下では、一度抱いた不満や憎悪は、内側で増幅されるだけで誰にもブレーキをかけられません。

    1. 社会的排除と「屈辱感」
      多くの加害者が抱えていたのは、単なる「貧しさ」ではなく、社会から軽んじられている、あるいは自分だけが排除されているという「屈辱感」です。

    「負け組」や「社会の底辺」というレッテルを貼られたと感じた時、彼らはその屈辱を晴らすために、世間が注目するような大きな事件を起こすことで、「自分の力を社会に知らしめたい」「自分が味わった苦痛を他者にも味合わせたい」という衝動に駆られます。これは心理学的に「尊厳回復の試み」という歪んだ動機として分析されます。

    1. ネット空間という「共鳴箱」の存在
      それは今我々が生きる現代の特有の要因として、インターネットの存在があります。

    現実で居場所のない彼らにとって、ネットは唯一の交流の場ですが、そこには「社会に不満を持つ者同士」が孤立を深め合う場所が存在します。

    匿名掲示板やSNSで自分と同じような絶望を抱える他者を見つけ、事件を称賛したり、犯罪を「社会に対する反逆の英雄行為」のように語る言説に触れることで、「自分も同じことをすれば報われる(認められる)」という危険な認知の強化が行われます。

    1. 支援システムの「狭間」
      多くの加害者は、犯行前に福祉や医療機関にアクセスしようとした形跡がありますが、その多くが制度の網の目から漏れています。

    彼らにとって犯行は、単なる衝動的な暴力ではなく、「それまでの人生で積み重なった失敗、挫折、屈辱に対する、人生最後の精算」という物語として構築されています。
    彼らが追い詰められた本質的な理由は、「自分という人間が社会の中でどう生きていくか」という物語を、前向きに再構築するための支援や対話の機会を、社会のシステムの中で得られなかったことにあると言えます。

    またこの記事を書いている私も、自分で言うのもおこがましいですが、多くの挫折を経験し、精神的に追い詰められ、何度も自殺未遂や自傷行為を繰り返し、強制的に医療機関と関わる機会をもたされましたが、結局いつも思うのが「お前らには自分の何がわかるんだ?」というものです。

    また当たり前の話ですが医療機関の方々は精神的に弱っている人と接することでお金を稼いでおります。
    儲けることが別に悪いと言った話ではないですが、まぁ、なんか相談する気が失せますよね。

    そもそも本当に精神的に追い詰められた人間を支援する受け皿など存在しません。
    制度や組織は、維持のために個人を部品として扱うだけで、個人の魂の救済までは目的としておらず、どれほど深く誰かと関わろうとしても、結局は「個」と「個」であり、決定的な孤独を埋めることは不可能で、どんな拠り所も、環境の変化や時間の経過によって、いとも簡単に崩壊し得るわけです。

    まあこんなことを書いていても努力が足りないだの思う方は一定数いるとは思いますが、そもそも努力して幸せがつかめることは確定していますかね?

    馬鹿と決別し、過去に己を虐げた公立中学のあっくん達が土方でよいしょよいしょする間、ひたすらペンを動かして、ゼネコンやらに入ってあっくん達を奴隷のようにこき使って労災で殺す夢を私は持っていました。

    しかしそんな歪んだ思想を持って叶うかも分からない夢を追って勉強してる間に、彼らは地元の友達とつるんで彼女作って高校生のうちにセックスを経験して若いうちに子供を作り幸せな家庭を築いて土手でバーベキューをしています。

    建前はそりゃ全員平等でしょうけど、内心全員が弱者なんてその場でくたばればいいとでも思ってます。

    人が存在し、この地球上で暮らす以上、決して消えない問題であり、嫌なら自殺が手っ取り早いと思ってます。
    こんな記事書いてる私も死に損ねて惰性で暮らしてるようなものですが、近いうちにけじめをつけようと一応先のことも考えています。

    いつかボタン1つで死ねる社会が来ればもっと幸せになるんじゃないですかね~。
    ということで今回の記事は終わりです。

    ご覧いただきありがとうございました。

  • 不公平だよな

    多分内容がきちんとしてる記事は今回が初めてなんじゃないかなと思います。

    初めまして、renarena.net管理人のRenaと申します。
    Twitterで書く愚痴にしては話が長くなりそうなので、こっちに書くことにしました。
    突然ですが、不公平なことが多すぎて本当に人生が嫌になりますね~。
    私は「受験勉強」を通して、私がこれまで歩んできたいじめられてばかりの負けの人生を覆そうと躍起していましたが、結局今は負けは負けなのだと自覚してあきらめのモードに入っています。

    私は県内私立御三家の一角ともされる偏差値70の男子校を志望していました。
    ですが、出願資格には3年間の欠席日数に制限がありました。
    どれだけ酷い暴力に遭い、助けてくれる大人がおらず、身を守るための欠席だろうが、人を評価する側の人間にとって、そんな理由なんてどうでもよく、結果どうなったかしか興味がないのです。
    そしてそんな経験をして欠席を重ねながらも、ある日から意を決して教室に重い足を運んで、同級生からの数々の暴言暴力に耐えながらも進学校合格を目指して勉強して逆転を考えても、人からの評価というものは「どんな障壁を乗り越えたか」より「何事もなく何年続けることができるか」であって、過程に対しての評価なんて1つもないのです。
    過去のいじめが尾を引いて入試に影響しようが、いじめたやつらは何の責任も負うわけでもなく、ただ被害者だけが外れくじを引くだけなんです。
    努力に価値なんてないことがようやく分かった気がします。
    嬉しいことに、日本は努力をしなくても最低限の生活が可能で、その「最低限」の定義は日を重ねるごとに拡大しています。
    私が受験競争の最中にいて、弱者を蹴落として嘲笑っていた時は、当然福祉なんて消えるべきだと考えていましたが、落ちるところまで落ちた今の私は考えを改めることができました。
    これも1つの成長なのかもしれませんね。
    私を除け者にして殴り蹴ってきた彼らの偏差値65にも満たない志望校をふざけて模試に書いて、志願者1位を取って、ネットで陰口を書いて、勝ち誇った気になっていたのも、本当の勝者は彼らであり、そもそも彼らは最初から私の考える競争になどは参加しておらず、自分が勝手に勉強で戦っていた妄想を見ていただけなのです。
    そんなものに必死になって寝る間も惜しんで大阪大学工学部を目指したあの日々は全て無駄でした。
    そもそも私に大学に進学してやりたいことなど最初からありませんでした。
    強いて言うならば「公立中学の有象無象共をエリートになって一生馬鹿にし続ける」って感じですかね。
    でも、そうやって変な意地張ってペンをカリカリしてる間に、彼らはどれだけ勉強しても大金持ちになっても得ることのできない「友人と過ごしたかけがえのない時間」、所謂「青春」があるのです。
    どれだけ足掻こうが私の負けです。
    対戦ありがとうございました。

  • どうも

    こんにちは。
    Renaと申します。
    この度、ブログを初めてみました。
    よろしくお願いします。